ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

今日の空

土曜日から昨日までの三連休は

どこにも行きませんでした。

といいますか、お金がなかったので

どこにも行けなかっただけですが…。

トホホ(^_^;)

 

▼写真はレンコンの葉っぱ

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正直いうと活字のみの読書は得意ではなく

今だに漫画のほうが好きというか

私の場合には〝楽〟です。

でも、本が嫌いだったわけではなく

小学校の頃までは図書委員になるくらい

本は好きでした。

自分がひと月でどれくらい本を借りたのか

図書カードに残っていたのもあったのか

人よりも多く本を借りて

読んでいたように思います。

低学年の頃読んでいたのは

絵本や伝記とかグリム童話とか図鑑が多く

高学年になると段々読まなくなりました。

なぜ、読まなくなったのかは

多分、自分には理解できないことが

増えていくばかりだったからじゃないかと

そう思ったりもします。

なので、思春期からは漫画や雑誌を読む方が多く

あの頃読んだ本は読書感想文用に読んだ本3冊と

小説好きな友だちに借りた2冊くらいです。

でも、小説の内容も全く覚えておらず

感動もしなかったので

おそらく意味がわからなかったのだろう

そう思ったりもします。

おそらく解離しはじめていた頃だったし

いろんな疑問を感じても奥深く知ろうとするのを

無意識に避けていたのかもしれません。

 

「おとなになったらわかるだろうから…」

 

といった言葉で自分を窘め蓋をすることで

自我を守っていたのかもしれません。

 

ですので、私がしっかり自分から進んで

本を読むようになったのは

9年前に緊急入院したことがキッカケになりました。

また生まれ変わったつもりで

やりなおすための手がかりのようなものや

生きる動機づけのようなものを求めていたのと

入院中の退屈な時間を過ごす

新しいアイテムとなりました。

あの頃から苦手だった小説も読むようになり

自分でも不思議なくらいに

本が読めている自分が不思議なくらい

何冊も本をよみました。

あの当時、村上春樹氏が

久しぶりに長編小説を発売するということを

入院中テレビでその話題をみました。

その久しぶりに発表された本というのは

1Q84」です。

自分が療育やスピの世界に

どっぷりつかった経験があったことが

村上春樹氏のその著書を

何気なく読んでみたいと思い読みました。

夢中になって読み、下巻が出るのを

待ちわびたことを覚えています。

 

今月の6日は麻原彰晃サリン事件に関わった

信者6名の死刑執行が行われた日でもありました。

実は、その日は私の誕生日でした。

朝のニュースでそれらを知り

私はとても複雑な気持ちで一日を過ごしました。

そんな時にツィッターのTLで

村上春樹氏の著書で地下鉄サリン事件を題材にした

アンダーグラウンド」という著書があることを知り

今、その本を読み始めたばかりです。

読みすすめれば進むほど〝がっかり〟していますし

9年前に読んだ「1Q84」のことも

思い出し、また再読しようと思うに至っています。

何故私が〝がっかり〟してるのかというと

著書の内容に対しての〝がっかり〟ではなく

私がこれまでに辿り着いた答に

結びつくようなことが

体験談の中に全て「あった」からです。

もう20年以上まえから「あった」ことが

何も変わっていない現実を改めて知る

確認作業をしているなるだけとなっていて

笑うしかありません(苦笑)

 

しかも、同時に「あさきゆめみし」という

漫画も読んでいました。

なので、私の中で現在いろんな意味で

『カオス』な状態になっています。

なんなんだ。この意味のないようだけど

意味があるようななんともいえない

『縁ーえにしー』っていうものを

感じている今日この頃です。

 

きょうはこのへんで…

今日の空

去年の夏の記事に〝激暑〟を使い始めたのは

いつぐらいだったんだろう?

激アツに関する記憶は薄いのですが

一日早い昨日レンコン畑の写真を撮りましたら

どうやら、去年の今日にも

レンコン畑の写真を撮ってたようです。

今年はなんだか、そんなことが多くて

無意識に覚えてるっていうことは

こういったことなんじゃないかと思った次第です。

しかし、今日も暑かった(´・_・`)

 

▼写真は今日の夕方の空。

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記事にしようと思っているネタが

いくつか浮かんでは消え

浮かんでは消え、思い出してはまた消え…。

そんなこんなで消えていくので

そういうネタはとりあえず保留しているのですが

で、あっと思いこうして記事にしようと思ったら

なんか消えちゃいました。(忘れたともいう)

こういう時はたいしたことないか

まだ、ネタが練れてなかったりするし

多分、睡眠があまりよろしくない

そんな気もします。

いけませんね、最近夜10時まで

起きていられるようになってしまったことで

夜の時間の過ごし方が

テキトーになりすぎてるのかもです。

なんていうか、タイムテーブルがなるだけ

ポイントでおさえたルーティン化がなされてないと

数日はよくても疲れが溜まってしまうようです。

私の場合暑さだけじゃなさそうです。

夕食の時間とお風呂の時間だけは

毎日なるだけ同じ時間にしたり

早めにすませて、寝る前にゆっくりする時間を

確保しなきゃなぁと思います。

ネットのみすぎなんでしょうけれども…。

 

きょうはこのへんで

今日の空

本日、面接にこぎつけましたので

久しぶりに20年前に買った

リクルートスーツをだして着たら

一度着れなくなっていたのに

ちゃんと着ることができ

しかも軽くお化粧しました。

履歴書と職務経歴書を持ち

遅刻もせず、面接へ行きましたが

あえなく5分で終了しました。

でも、想定していた通りだったのですよー。

すげー私の勘のよさは天下一品です!

想定内!!!

本日は部分日食なかに座の新月

しかもなんだかグランドラインがダブルで

六芒星ができちゃってる星回りとか。。。

(詳細は西洋星占術な方たちのお話をぐぐってね)

ああ、だから宇宙に私の本音が

バレテしまったんでしょうか?

これを引き寄せといわずに

なんと表現すればよいのでしょう…。。

(負けおしみではありませんよっ(キリっ))

 

▼写真は紫蘇のパスタ(手作り)

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私は数年前から、

いろんなお試しをされていたようで

それを散々無視していました。

自分に都合の良いシンクロニティを拾っていたら

あれよあれよという間に

自己実現が叶いはじめていきました。

なので、逆にあまりにも上手くいきすぎて

不思議だったのです。

うまくいきすぎてるって思ってました。

それでも、その当時は非力だったので

そのシンクロに身を委ねることで

救われていたのは確かなことです。

ただ、私、自分の悪癖や病気や障害を

治したいと思ってたけれど

完全に治すことを恐れている自分に

気がついたのは、治す覚悟を決める前でした。

なんとなく、私自身の意識が変わればいいとは

気がついていた時に

私が何を手放せば

大きく自分の意識が変えられるのか?という問いは

〝パートナーを手放す〟でした。

で、多分それができれば、もう彼氏とかいらないと

思うようになるかもしれないと単純に

おもったことがありましたが

その時は恐くてできませんでした。

なので、その頃あたりから

実は私、手放す心の準備を

その頃からしていたのです。

で、どんな風にすれば治るかがわかって

愛着障害を治してたら

私の想定通りの現実がきて

せっかく元相方とも頑張ろうと思いなおしたら

結局別れることになりましたが、

やっぱり想定通り、ひきずらずにすみました。

ムシロ、回りくどいドラマチックな離れ方のお陰で

私は二度と元相方とよりを戻す事がないくらい

百年の恋から冷めた気持ちになりました。

もう自分でもびっくりです。

そして、これまで起きていたシンクロニティを

全部無視するようにしたら

これまで上手くいっていたことが

全部上手くいかなくなりました。

まるで、底引き網漁かよってくらいです。

自分で切り開こうとしても

なんの力が働くのか

自分の歩いてみたい道から

どんどん遠ざかってしまいます。

〝あなたが望んでいる生き方が

 特殊な生き方だからでしょう?〟

と物申したくなる人もいるかと思いますが

私はいたって、ただ普通の生活がしたいだけです。

普通に時給800円のお仕事なパートをするか

在宅で仕事ができればいいと

思っているだけなんですよね…。

アラフォーだからでしょうか???

なんなんでしょうね。

この底引き網でひっぱりあげよう感の

いなめなさって…。

 

で、なぜ私がシンクロニティを

怪しむようになったのかといいますと

病院で統合失調の冊子を読んだ中に

統失の人たちは〝シンクロ好き〟

といった内容の話を読んだことから

誰にもいわずに、私の中だけで

シンクロニティを紐解いていたら

なーーーーーんだ!って思って

お金と人脈があれば疑似的に

シンクロは起こせるってことに

気がついてしまったからです。

えへへ。私、おバカなんですけどね。

で、エンジェルナンバーシンクロなんて

本当に偶然にみる時と

必然的にっていうよりも

わざわざそのナンバーに注目させるように

できるんだってことも気がつきました。

で、ほら、そういうことが続くと

シンクロをどんどん好きになるでしょう?

だって、偶然だとしか思わないから。

で、私、それらは偶然じゃなく必然に起こせるって

気がついてしまったのですよー。

おーほっほっほ。

(そのカラクリは自分で考えてね!)

なので、実験したい人はやってみるといいと思います。

そして、それが何をいわんとするのかも

何を気がつけっていわれてるのかも

全部紐解けると思われます。

ああ、ただ、シンクロを大事にしないと

ろくな現実は起きません。

で、シンクロを大事にしようがしまいが

何も起きないという人の場合には

おそらく、一般人確定といっても過言じゃないのかも…。

と私は仮説をたてていますが、

これはあくまで、私の体験なので

全ての人にあてはまるわけではありませんので

あしからず…。

ああ、なんだか、とりとめないな。

 

ときょうはこのへんで…。

 

今日の空

今日はなんとか晴れてるけれど

雲も発達していて

冷たい風が吹いているので

ぱらっと雨が降るのかも…なんて

そんなことを思う朝ですが

それにしてもこの時間なのに

すでに、暑い…(=_=)

 

▼写真は昨日の空。環太平洋アークとハロ

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息子がラジオが好きなので

ほぼ毎日ラジオを聞きながら

家のことをしたり

ぼーっとしたりブログをかいたりといった

生活スタイルに変わり、

友だちやパートナーとの

縁がなくなった私にとって

ラジオやテレビがあるお陰で(ぶ)

(褒めてません)

一人ぼっちだけど

話し相手がいるような気持ちになるので

ある意味寂しさを感じることなく

日々を過ごしています。

で、今日『クソバイス』というキーワードで

思い出したことがあったので

今日はそのことを…。

 

先日、『他愛のないスピな話への文句を…』

付随するような話なので

スピリチュアル界隈の方へは

刺さる事かもしれませんがあしからず…。

 

このブログを読んでくださっていらっしゃる方は

重複する話になるかもしれませんが

ご了承ください。

うちの息子は中程度の知的障害を伴う自閉症

約2年の半別居生活の後9年前に離婚をし

シングルマザーになりました。

その当時は、スピリチュアル方面に

身を委ねていた時でした。

シングルマザーになったはいいけれど

何も解決はできておらず

自分でもよくわからない満たされない気持ちを

解決したくて、度々いろんな人へ

相談したこともありました。

その時、アドバイスをいただいた中で

なんとなく心にひっかかりながらも

息子と離れ離れの生活をする事態になった時は

私を窘めてくれるお呪いでもありました。

それはどんなことかといいますと

 

〝障害のある子どもは神様の子どもだから

 みんなで育てたほうがいいのよ〟

 

といったことで私を窘めてくださいました。

おかげさまで、離れ離れになった時は

その言葉を自分で自分にいって窘めてきました。

だから、確かに助かっていたとは思います。

 

ただ、ここ数年であった様々なことから

実は、私を治療するために仕組まれていた中での

SSTみたいなものだったんじゃないかと

思った時に、激しい怒りがこみあげてきました。

正直いいますと、その時の占い師の方は

その当時の学校と繋がりがある方だったのですね。

で、そういえば面白い霊媒師の方も

転校先の学校の先生で友だちがいると

お話してくださったことがありました。

まー、どちらもそれなりに地元では

有名な方たちでしたしね…。

 

ああ、なんか話がずれちゃったなぁ…。

で、この〝障害のある子どもは神の子〟って話は

なんていうか、ああ単なるキリスト教界隈の

SSTみたいなものだったのだなぁと

そんなことを最近思い始めたわけです。

で、揚げ足とるのが私の使命。←勝手に使命

 

あのー、障害のある子だけが神の子じゃないですよね。

どんな子も神の子ですよね???

なんで、そこで分けて考えるんでしょう?

障害の有無に限らず子どもは神の子じゃダメなの?

で、障害のある人たちのなんだかなな事件は

それも神の仕業なんでしょうか?

あのー神界ではそれが許されるかもですが

ここは人間界ですよね???

人間界には人間界のルールや法律があるので

いくら神様だとしても

人を裁くことはできないですよね?違いますか?

それと、障害のある子どもだから

みんなで育てるってのもなんか違いますよね。

どんな子も大切だし、

どんな子もみんなで育てていいですよね?

だからですね、そういった窘め方で

仕方なく離れ離れになることになった私たちへ

その〝スピ界の教え〟で諭すようなことが

どんな人にも通用するバイブルのように

勘違いをしてる人も多くて、これを

『クソバイスといわずなんというんだろう…

ああ、センスのないSSTでもいいかも…なんて

そんなことを思い出した

世界で一番暑くなるだろう長い夏の

はじまりを感じる今日この頃です。

 

ああ、そうそう、先日の『今日の空』

最後のほうに追加したい事があって

『ちゃんと覚えてない』

も追加させてください。

 

きょうはこのへんで…。

今日の空

今日も暑い一日になりそうですね。

洗濯物が乾くのは嬉しいのですが

暑い日が続きすぎると

さすがに嫌になっちゃいますよね。

熱中症対策しながら次の季節に向けての

身体の整え方を変えようと思う

今日この頃です。

 

▼写真は庭にある耳なしトトロの庭

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エアコンの中にいることが多くなるので

夏バテ予防と来季のために

3年程前から意識的にやってることは

一日の身体の冷えを日々リセットすることです。

夏の暑さを一日の中で感じる時間を設け

汗をかくことを行うように心がけています。

で、汗をかきすぎると逆に

エネルギー不足になる人もいるとのことで

私はそういうタイプなので

汗をかきすぎない程度に散歩をして

一日の中で一度は夏の暑さを

感じる時間にしています。

 

冬場は逆に冬の寒さを感じる時間を設け

その時の冬の寒さを感じるように

エアコンなどの暖房器具に慣れてしまった身体を

どこかでリセットするようなことをしています。

寒いのも暑いのもその一時は寒いし暑いけれど

一日中というわけではなく

一日のどこかでそれらを身体が感じてくれるような

時間をもっているだけです。

それが、私にとって散歩の時間でもあったり

自宅にいる時に窓の開閉などをして

空気を入れかえるなどといった

ちょっとしたことを気をつけるだけです。

なので、身体を整えることを

がっつり頑張ってきたわけではなくて

日々毎日続けられることで

私にもできることをやってたら

それが結果的に養生になっているのだと

気がつくことになりました。

 

汗をかくこと1つにしても

身体を扱う人たちからすれば

体質によって違うといった考えもあれば

季節によって違うといった考え方もあるので

私は自分が心地よく感じられることを

日々かえているというだけです。

で、そういったがっつり養生せず

着の身着のままにやってきたから

私はよくなってきているのだと思われ

なんでもかんでも真面目に取り組むことが

〝治る〟わけではないのだと思う

今日この頃です。

いわゆる〝適当〟とか〝適度〟ですが

こうやって言語化すると堅苦しくなるので

私からすると〝テケトー〟という空気感です。

 

きょうはこのへんで…。

 

 

 

 

今日の空

朝からクマゼミがミンミンと鳴いており

先日の大雨が嘘のような晴れ間

色温度も変わったように感じたので

ああ、夏が始まったなぁと思ってましたら

昨日梅雨明けしたそうです。

 

▼写真はいただいた青紫蘇にいたカマキリ

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最近振り返ってる中で

また気づいたことがあったので

今日はそのことを…。

 

私はこの年になるまでに

学校での勉強以外に習い事などをしてきて

習ってるのに〝うまくいかない人〟と

〝うまくいく人〟の違いが出てしまうのは

何故なんだろうってずっと思ってました。

で、私は自分の興味関心がありさえすれば

学校の勉強だけにとどまらず

教えてもらったら上手にできるので

なぜ、失敗するのかがわかりませんでした。

 

思春期の頃までは、妬まれたりしたことで

上手くいってる自分を自分で自己否定したり

自己嫌悪に陥ることになっていたことに(苦笑)

最近気がつきました。意味不ですよね…。

 

これに関わらず、私の場合人を援けることを

あまり深く考えずに心動かされるまま

援助していました。

そうすると、良い子にみえる私のことを

あまりよく思わない人もいたりして

それがイジメのようなことへも

発展したこともありました。

 

で、そんな時代まで遡り振り返ってみたら

私が良い子というわけでもなく

勉強にしてもなんでも

学校の先生や講師の先生が

教えてくださり、アドバイスしてくださったり

指示されたことを実践してるだけで

特段特別なことはせずとも

 

〝なんかしらんけど上手に出来た〟とか

〝なんかしらんけど賞をもらえた〟とか

〝なんかしらんけど褒められた〟…等

 

そういうことが多かったのです。

だから、多分頑張ってやってる人からすれば

憎らしかったりするかもしれませんよね

傍から見れば何事もなくすんなり出来てる風に

みえていたわけでしょうから。

 

でも、正直言って本人の中では

言われたことを必死でやってただけで

言われた通りにやったら『出来た』だけなんですよね。

で、上手くできない人たちを観察してみると

 

『ちゃんと聞いてない』

『ちゃんと見てない』

『ちゃんと順番通りにやってない』

 

からできてないってことに気がつきました。

そこが、〝うまくいく人〟と〝うまくいってない人〟の

違いなんだなーと思うにいたってます。

なんせ、調理実習で私がいた班は不思議と

なんか知らんけど失敗したことがなかったのです

みんな友だちと話すことの方が楽しくて

ちゃんと聞いたり、見たりしてなかったんだなぁーと

そんな気づきを得られました。

私は偉くもなんともなく、ごく当たり前のことを

やっていただけなのですよ。

だから、こんな私を妬んでた人たちは

我が身を振り返りなよーーーー

べろべろバーな気持ちになっています。

 

今日はこのへんで

 

 

 

時には前世話でもしようじゃないか

思春期の頃から、自分自身の心の声を出さない様にと、友だちには開示できないようなことを自分の内側に神様みたいな存在を創って対話をしてきたせいか、スピリチュアルなことは知らなくても、それらを知った時にスゥーッと飲み込めたのは、それが私にとって普通だったからだと思います。

最近、自分の前世がなんだったのかを考えてみたのです。で、何度か前世の時の映像かもしれない白昼夢をみたり、夢をみたりしたこともありますし、愛着障害の治療中に二次障害が酷くなって時、フラッシュバックが遮りすぎて、太古の昔ぐらいまでざざーーっと映像が見えたことはあるのですが、私が何者だったのかはわかりませんでした。ええ。私はその時何者かだろうけれど、カメラワークが私側からの眺めだったので、いつも景色しかみえないのです。だから、時代とかどこの国かぐらいかはわかるというくらいです。なので、残念ながら私の歴代前前前前世は全然わかりません。ええ。

でですね、いろいろ想像してみたんですね。私はお金持ちのお家に生まれたわけではありませんが、量販店の洋服だと感覚過敏のせいで痒くてきれないこともあるし、ものすごい頑固で我儘でウエメセなところがあるのです。決してお嬢様育ちではありませんが、ちゃんとおしゃれをして黙っていれば、お嬢様にみえるからしゃべるなといわれたこともありましたし、食べ物も感覚過敏があることからの偏食となってしまい、水道水で造った汁物が食べられません。。。こんな高級な身体に生まれたつもりはないのに…。とおもってたら、脳みそがお花畑なので、まるで、お姫様だかお金持ちのお嬢様みたいじゃんかーって。思ったわけです。なんかそっちじゃないの? とても庶民だったとは思えないし。しかも、今世でのありとあらゆる苦難のような苦行となったのは、歴代前世の人たちが不義理を行ったり、コトゴトク徳を踏みつぶしてきたんだろうなぁあああああ。ええー前世の人たちを恨みたくなるよね。。。なにしてくれちゃってんのって。。私の人生歴代の人たちのせいでしょーーー?ってそんな恨み言めいたことがわんさか脳内にコダマする事態にみまわれました。

私は思うのです。確かに前世はあるんだろうって。そうじゃなかったら、映画や本でもみたことない行ったこともない場所の映像がみえるはずがないからです。ただですね、過去って終わったことですよね。そんな太古の昔とか時代を越えて、前世の私に課題をわざわざ残して死んじゃうなんて、ひどいな私っておもっちゃうと、結局自分責めすることになりますよね。で、前世の人たちって、わざわざそんなこと望んでいるのかなぁって私がもし来世に託すとするなら、私は苦労したから、どうかあなたは自由に生きてって私のしたことは思い出さずにその時の私を大切にしてって。思ってるんです。まぁ、私は生まれ変わりは信じてますが、私はもう二度と人間には生まれ変わりたくないし、運命の人だとかがもしいるとしても、今世限りで決着つけて終わらせたいです。

だって、来世まで引きずるなんて、どんだけなんですか?また逢えたら嬉しいけど、それ以上の人に出会うかもしれないし、生まれ変わるってことはそういうことですよね?新しい私になるって、そういうことじゃないの?という新たな課題をみつけてしまい、ああ、私自作自演が好きだわ―と思うこととなりました。 何か腑におちた時はまた記事にしようと思います。

私の運命の人こいやーーーー。