ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

今日の空

あれーーーーーーーー???

いつのまにか4日も過ぎているぅううう。

しかも、三連休3日目だし。

しかも、連休はお天気崩れるって

天気予報いってたような…

あれーーーーーーーー???

聞き間違ったかしら。私。

まっ。いいや。

とりあえず、本日も快晴!

きょうはお家でダラダラするDay。

 

▼昨日の空

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自分自身の心理面のケアにと

TCカラーセラピーを学びつつ

自己改革のために参考にさせてもらっていたのが

心屋仁之助さんのブログになりますが

私は、隠れキリシタンみたいなもので

実際には会員でもなんでもない

ただ、心屋さんの言葉で

救われたり、怒りに震えたりした

ただの部外者です。

自分は治ったと思っていたけれども

私の治るはこの程度ではなく

もっと楽になれることに気がつき

2年の間で劇的に改造されました。

自分でもビックリです。

※いやーーーーでもですね、本当に死ぬんじゃないかって思って、相当辛くて苦しくて、頭かきむしって、ギャーギャー泣きさけぶくらいのことを何回もやったんですよーーー。これでも。。。。よくぞ私生きてたよ。ってくらいでしたのよ。

で心屋さんを通じて知った

私と同年代の本田晃一氏や

本田晃一氏を通じて知ることとなった

これまた同年代の高橋歩氏の講演会に参加し

自分とは違った生き方をしていた

同年代の人たちの存在を知りました。

しかも成功者といわれてる人たちの。

本田さんの講演会はただ面白くて

笑ったことしか覚えてなくて

本田氏とは全く関係のない

オマケのサプライズの話に心を奪われ

講演会を後にしたこともあれば

高橋氏の講演会は

高橋氏にはめずらしいらしい

カッコ悪い話をしてくださったのです。

成功する前の試行錯誤なさった話です。

確かにカッコ悪い時代の話でしたけど

それがまた逆にカッコよく感じました。

そのお2人の話を聞きながら

自分の経験と比べることになったわけですが

私は成功者でもなんでもなく

ムシロ、一度社会からドロップアウトして

精神グダグダに病んでいる脱落組でしたが

不思議と悔しいとも感じなかったし逆に、

 

『ああ、私はこの人生でよかったんだ。』

 

と思えたのです。

逆に自信をもらえたのですよね。

自分でもびっくりしました。

全く自分を卑下しなかったんですね。

そして、本田氏や高橋氏のことも

自分よりも苦労をしてない人たちといった

そういった位置づけでみることもなく

私は私、彼らは彼らといった

パラレルワールドを感じられたことがあります。

なので、自分以外の人の体験談を聞くことで

自分という人間を知ることもできるのだなぁと

そんなことを思ったことがありました。

自分ではもっとザワザワすると思ったのです

でも、多分2人ともご自身たちの

あるがままの姿をそのまま

伝えてくださったことが大きいのかもしれません。

話を盛っていたかもしれないけれども

それらを微塵も感じませんでした。

それでも、お2人はお2人で

それなりに悩んだり、苦しんだりしたそうです

全くそんな風には感じませんでしたけど。

だからこそ、カッコ悪い話でも

カッコよく聞こえるのかもしれませんね。

悲壮感は感じませんでしたし…(笑)

それと、本田氏の講演会の時は

実は私、会社をサボって参加しました。

っていうか、体調が悪くて会社を休んだけど

講演会には参加したっていうのが

正しいのですが…。

それが今から3・4年前になります。

あの時には想像してなかった未来になってて

あの頃には想像してなかった私になってて

自分でもビックリしているくらいです。

私の場合にはここまでくるのに

20年以上かかってしまいました。

だって、気がついてなかったからです。

自分で自分のことを理解できてなかったし

何が私をそうさせていたのかってこととも

全くわかりませんでした。

20年かかっても

私は自分をとり戻せたのだから

結果オーライなのですが

20年ってバカになりませんよね。

20年前に子どもを産んでいたなら

その子どもが成人式を迎えるわけですし…。

それでも、私の場合にはそれがよかったのだと

今はそう思えますし、

それがその人の生の在り方であったなら

それでよかったのだろうともいえるように思います。

でも、だからこそ、

『私のような生き方はしてはいけないよ』って

いいたいし、抜け出せるほうほうが

この世にはいっぱいあるよって

そういうことに気がついて欲しいです。

何かに絡め取られても

そこから抜け出せる方法は必ずあって

それは〝自分次第〟だということに

気がつく人が増えていくといいなぁと思う

秋の始まりです。

 

きょうはこのへんで。

今日の空

朝の天気予報では、

晴れのちに雨になるでしょうといってましたが

雨が降るのは夕方以降と思い

洗濯物を外に干してみましたら

夕方まで、雨にみまわれず

幸せを感じました。

昨日、久しぶりに号泣する事態にみまわれ

なんとか夕方には落ちついたのですが

鬱々としていた時に

Radioから流れてきた

グループ魂さんの『もうすっかりNO FUTURE』で

なんかしらんけど元気になりました(涙)

阿部サダさんやクドカンさんが

グループ魂さんだったとは知りませんでした。

私、本当に興味のあるものしか知らないなぁああ

ああ、そうそう、

阿部サダさんとクドカンさんといえば

次の大河ドラマ「いだてん」

主役は中村勘九郎さんで、

熊本県出身の金栗四三氏の物語なようです。

ええー、阿部サダさんが主役だと

私勘違いしてましたーーー(恥)

 

彼岸花の時期になりましたね

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数年前に基本的な生活習慣のスタイルを変え

その時の自分にできる『ゆるっと養生生活』を

日々、試行錯誤しながら模索してきました。

今年で丸4年になるかなぁ…。

宇宙のリズムや月のリズム

日本の四季や旧暦、夏時間と冬時間、…等

そういった情報もとりいれつつ

中医学東洋医学の人たちのツィートを読み

食生活や生活習慣にとりいれつつ

身体アプローチを行っていました。

そのお陰もあってか、

私の身体が変わることで心まで変わっていくことを

体感した数年間でした。

それらが、私にとって

〝自分を大切にする〟ということや

〝自分自身に向き合う〟ということでもあったと

そう思います。

元々から、食に関しては興味・関心があるほうなので

食に関する漫画や料理の本を読んでいたので

有機栽培の農作物や無農薬の農作物や

オーガニックに関しての知識は少しはあったので

身体に良いと思われる食材を使うことが

本来は望ましいのだと思ってはいます。

それに、私は敏感な体質なので、

そういった食物を食べたほうが

自分の身体は喜ぶのだろうなぁと

そう思ったこともありました。

ですが、やはり身体に良いといわれるものは

値が張ります。

そりゃそうですよね。

それだけ大切に育てられてるものになるわけですから

値がはるのは当たり前だと思います。

ただ、それにこだわって生活することは

したくても我家の場合にはできません。

それなりの経済力がないといけないからです。

なので、正直いって

ジレンマを感じたこともありました。

身体に向き合うことをはじめたり

少しだけ食に関しても気をつけただけで

季節に応じて食べたい野菜や果物の味が

口の中いっぱいに広がるようになり

食べたいなぁと思っていると

日々の中医学ツィートでつぶやかれる

旬の食材の中の1つだということが

後々わかりました。

そのことから、身体はちゃんと知っているだなぁと

ものすごく感動したことがありました。

そんな時に熊本地震が起き

被災したことから食に関することも

また考えさせられることとなりました。

それは、どんなことかといいますと

たしかに、有機栽培の農作物や

無農薬の農作物、オーガニック食品等は

身体に良いのかもしれません。

ただ、被災することで

そういったものが縁遠くなるし

ライフラインや輸送の状況が悪くなると

手にはいりづらくなるなります。

もし、今まで食べていたものが

手に入らない状態が続きそうなった時

なるべく食べないように努めていた

ジャンクフードや市販の加工食品などを

食べなければいけなくなる時もあると思うのです

そんな時に、その〝食のこだわり〟を

捨てられるかどうかを問われた気になりました。

何も食べないというわけにはいきませんよね

食べなければ死につながる場合もありますし…。

※いや、私は不食でもなんとかなると思ってる人ですが、一般的にはそれは考えられない人が多いと思われるので…。

そして、そういう食べ物の質に対する

良い悪いって、実は差別をしていることと

同じことになるのではないかと思ったのです。

だったら、農薬が使ってある物でも

口にできる身体になっておくことも

私にとっては養生の1つなんじゃないかと

そんなことを思うようになりました。

熊本地震は確かに酷かったけれど

まだ恵まれていたほうだと思うんです。

私はその中でも更に恵まれていたように思います

たった、数日でしたが生鮮食品が食べられなかったり

炊き立ての白米がすごく美味しくて

それらが食べられただけで

『ありがたい』と思いました。

だから、時々ジャンクフードを食べたり

食に気をつけていらっしゃる方たちから

忌み嫌われているファーストフードや

コンビニのお弁当なんかでも

自分が美味しいと思えるものは

罪悪感を感じないようになりました。

食の世界だって多様性なのだから

それらをあーだこーだいって人を巻き込む

意識高い系の人たちに

改めて考えてもらいたいなぁと思ったりもする

今日この頃です。

 

きょうはこのへんで。

2つの式で問題を解いてみたら…なんの問題もなかった件②

 

 息子と私は親子で発達障害があるからか、変化することが苦手というより、弱いだけです。変化は受け入れられるけれども、無意識レベルで心身に負荷がかかってしまうようで、それらが慢性的な疲労化を起こしてしまうことから、二次障害が起きてしまうというようなことになっています。なので、その疲労が蓄積しない様に、我家は日々ゆるっと身体のアプローチを行っているというワケです。。はい。

 そんな変化に弱い私たち親子。息子が幼児期に受けいていた支援では、その変化に対応できるよう、ルーティン化をさせないようなスケジューリングや支援の場面での固定化をさせないようなことを幼児期から行っていたわけです。ええ。変化変化のオンパレード。ただ構造化は固定化されている状態っていうようなイメージです。なので、多分、めっちゃ負荷かかってるハズなのです。もちろん、変化が大好きなタイプのお子さんたちもいるわけです。ようは、多動な人たちや好奇心旺盛なタイプの人たちになりますが、そういう人たちにとっていは、逆にやたらめっぽう変化することを好みます。要は刺激を好むということでもあると思います。なので、そういった人たちには、変化に対応できるような場面展開は向いてるようにも思いますが、今度は刺激を求める体質だからこそ、テンションがあがりすぎたままの状態になってしまうので、ブレーカーが落ちるまで多動が続いてしまうということになると思われ、それはそれで、身体に疲れが溜まってしまうことにもなるみたいなのですよね。。。

 なんで、私や息子が変化に弱いのかを考えてみたのですが、一応変化するということはわかっているのです。でも、自分でもわからない無意識の部分で起こっているだろうことがストレスとなっているのだと思うので、不可抗力みたいなものなんじゃないかと思うのです。で、昔を振り返って失敗したなーと思ったのが、変化に対応できるようにするための、支援者の『よかれ支援』で何でもかんでも変化をつけていたなぁーと思って、実はそのことを今すごく反省しています。今なら、変化に対応できていない幼児期の場合には、逆にそういったやり方ではなく、別の方法で教えるだろうなぁと思います。なぜなら、原始反射の統合が進めんでいくどこかの段階で、自然と変化に対応できるようになるように思うからです。

※これに関しては実体験をしてないので、定かではありません。個人的見解です。

 それと、これは息子が施設入所したことでわかったことなのですが、一般家庭の生活と施設入所での生活は全く違っていて、一般家庭の生活って、毎日が変化だらけなんですね。で、施設での生活ではどうかというと、生活の変化はあまりないのです。あってもゆるやかだし、スケジュールも大まかです。人によっては、ルーティン化してると思われると思われますが、大きなルーティン化ってそんな悪いことじゃないと思うのですね。なぜかというと、スケジュールは変更になることもあるということを理解できていれば、変化は受け入れられると思われるからです。それと、固執してしまう時は案外体調が悪かったりするときだとも思うんですよね。なので、自宅以外で変化変化のオンパレードな中、本人は活動しているわけですから、自宅ぐらいでは、変化の少ない状況で疲れをとってあげることや、フェードアウトさせることが必要だと思うのですが、そういったことを一般家庭の場合には、保護者が意識してなければ、更に変化することを積み重ねてしまうだけのように思うのです。そして、そんなことに気がついて人が多いのですよね。。。我が家の場合には一度施設入所をしたので、それらがわかったので、自宅では、本人のペースで生活をしている状況です。

 それと、我家の場合、いろんなタイプのスケジュールを使う中で、変更や中止については教えていたので、それだけでも十分理解して受け入れてくれていました。変更・追加・中止を始めたばかりの頃は、何度かは暴れたこともありましたが、今ではそういうことはほとんどありません。自ら『別の日』と言えるまでになってます。何度もいいますが、重度の自閉っ子です。変更の伝え方も一回前の情報を消してあげて、新しい情報を入れるというようなことを伝えて、変更しないと、パニックになって当たり前なんですよね。変化に対応できないから、変化を教えるってこと事態、今の私からしたら『無駄なこと』のように思えてなりませんが…。ですが、支援者側からすれば、変化を楽に受け入れられるようになったほうが本人が楽になるといった〝支援者愛〟からの手厚い支援になるのですよね?きっと。はてさて、それは本当に当事者にとって、本当に必要な支援といえるの?と私は考えるようになりました。それは、『無駄な動き』ということを知ったからです。

※『無駄な動き』に関しましては灰谷氏著書『人間脳を育てる』をお読みください

 結構勘違いされているように思うのですが、スケジュールって行動統制のために使われていることが山の如しだと思うのですね。でも、私はそれはなんか違うよなぁって思っているのですね。なので、スケジュールを行動統制のために使用してる人たちとは話がかみ合わないと思いますので、あしからず…。

 私は、スケジュールって『見て動く』とか『活動の次に何があるか』を本人にお知らせするようなものだということの方が大切なように思っています。スケジュールに沿って行動できるようになることがゴールのように思われてますが、それだけじゃないんですよね。その先にもできることがあるのですけど、そこどまりな人たちがいっぱいのように思います。それよりもっと大事なことは『見て動く』と『次に何があるか』この2つを抑えていることが一番大切のように思うし、その2つが理解できていれば、スケジュールに沿った行動はできるように思うのです。なので、何度か経験を積めば、『変更・追加・中止』なども受け入れられるようになるハズなのです。なぜなら、自閉圏だからです。律儀だし、〇〇しなければならないタイプの人たちだからです。

あぁあああ、短い記事で終わるはずだったのに…。トホホ

 

2つの式で問題を解いてみたら…なんの問題もなかった件③へ続く

 

 

2つの式で問題を解いてみたら…なんの問題もなかった件①

 人様が何々が問題だと思う風なブログを読んで、今日閃いたことがあったので、2つの式を使って、とある人々には問題だと思われることを紐解いてみました。その式は数式ではありません。心屋式と灰谷式でございます。数学関係かと思われて、このブログに辿り着いた方は残念ながら、全く違いますので、数字のことかと思ってこちらを覗いてくださった方には申し訳ございません。

 心屋式は心理カウンセラーの心屋仁之助氏とこの式で、灰谷式っていうのは、発達支援コーチの産みの親である灰谷孝氏の式のことです。で、心屋式でいわれている『問題はない』と灰谷式でいわれている『無駄な動き』、この2つの式を使って紐解いてみたら、心屋さんがおっしゃるように何も問題がなくなるということに気がついちゃいました。凄いぜ私!(ドヤ顔)ということで本題です。

 どうもこの記事を書いてたら長くなりそうなので、結果を先に綴って、後はなんでそうなったのかを記していきたいと思われます。毎度毎度長ったらしいですが、覚書程度に残しておくようなものですので、おつきあいくださいましたら幸いです。

 

 今日朝から、支援に関するブログを読んでいて、なんか私の中でざわつきました。で、考えてみたら、何にも問題がないことに気がついてしまいました。ええ。実に簡単に解けました。時に支援者は当事者への愛が強すぎるあまり、『よかれ支援』を行ってしまうことが多々あるなぁと思うのです。私もいろんなことを問題にしていました。なので、最近は問題にすることは少なくなりました。いやー楽ちんですね。ホント。

 で、今日の朝みた支援に関するブログを、心屋式の『問題はない』ということを前提に考えつつ、灰谷式の『無駄な動き』を使って紐解くと、子どもたちの無駄と思われる動きや問題行動は子どもたちにとっては本来は必要な動きであって、それに対してのアプローチ方法はその無駄な動きをやり切ることが望ましいということでした。ということはですね、例えば、自閉っ子の場合、変化に弱いことから変化に対応できるような支援が行われるのですね。で、変化に弱いってことを問題にしてしまうから、変化に対応できるような支援を支援者側は行うワケです。ええ。ただ、その変化に弱いということさえ、『無駄な動き』になるんじゃないの?って私は思ったわけです。はい。なので、だとするなら、『無駄な支援』ってことになりませんか? でその『無駄な支援』を行っている支援者の『無駄な動き』ってことになるように思うのですが違いますか?ってことは、どちらも『無駄な動き』を『無駄な動き』で対峙させようとしていることになるわけです。で、灰谷氏いわく『無駄な動き』はやり切るにかぎるわけですから、支援者がやり切るというより気がつかない限り、その無駄と思われる支援はずっと行われてしまうということになるわけですが、その支援がうまくいくまでは、支援者は満たされないわけでございましょうから、その支援者の無駄な動きは人を変えて続いていくことになるのだろうなぁと思ったりします。で、支援者がその変化に弱いということを問題にせず、当事者の無駄な動きに寄り添った支援を行ってもらうと、問題が問題じゃなくなるように思うのですよねぇええええ。それに、子どもたちというより、どんな人にも『無駄な動き』はあるので、それらを問題にしなければ、問題はなくなるはずなんですよねぇええええ。じゃあなんで、問題にしてしまうんでしょうね。それは、ご自身たちで紐解いてください。

ということで、心屋式と灰谷式で紐解くといとも簡単に問題が問題でなくなってしまいました。ええ。で、このことに纏わることも記事に残しておこうと思います。

…あっ長くなりそうなので、ひとまずここまで。

 

2つの式で問題を解いてみたら…なんの問題もなかった件②へ続く

今日の空

土日がどしゃぶりの雨だったと

今日のお昼のラジオを聞いて

そうだったけーーー???と

少々びっくりしてしまいました。

っていうか、私どんだけ

寝ていたんだろう…。

毎日空のご機嫌うかがいしてるのを

サボるとこんな具合なのですから

外側に意識をむけるということも

大切にしなければ

私の場合には解離しすぎてしまうなぁーと

そんなことを思ったりします。

 

▼今日は空が青い

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自分の過去を振り返ると、

些細なことから私にとっては

人生のイベントのようなことだったり…

白歴史、黒歴史其々に

てんこ盛りにあって

それは、人様からすれば

どーでもいいことだったりしますし、

まだ若かった頃は

淡々とすぎゆく毎日に

何の意味があるのだろうと思い

少々退屈だなぁと

思っていたこともありました。

何気なくすごしてきたと思ってたけれど

何かしらんうちに事が大きくなったり

何かしらんうちに人様に迷惑おかけしたり

何か知らんけど人をたすけてしまったり…

余計なことしてしまったり…

とにかくまぁ、私は私なりに

その時その時で精いっぱい

生きていたんだということだけは

いえるように思います。

ただ、それらが良かったのかどうかは

正直わかりません。

でも、それらの経験が一つでも欠けたら

私の人生の地図は完成しないのかもしれないし

1つが欠けたとしても

なんとなく地図は完成したのかもしれません。

ただ、私の人生のパズルの青写真の色付けを

他者に譲ってしまったことは

失敗しちゃったなぁーと思うし

誘導されて誤魔化されていたんだと

気付いたときに

心の底から人が憎いと思いました。

なんで、そこまであなたに

介入されなきゃいけないの?って思ったんです。

誰も頼んでいないのに。

これが治療だとするならこれは、治療なんかじゃない

単なる社会的制裁じゃないかって思うくらい

ひどく傷つきました。

しかも、全く知らないひとたちじゃなく

身内の人たちにされてたんだと思った時に

すごく苦しかったですね。

しかも、援けようとしてくださってただろうけど

実は、違った。

ただの、認知行動療法だったのだと気が付いた時

今まで関わっていた全ての人に対する怒りと

裏切られたという悲しさがセットになって

私の中で渦巻いたことが何度もありました。

この怒りと悲しみのセットを

自分1人で昇華し咀嚼するには

かなりなエネルギーを使います。

これは、それらを体験した人にしかわからない

苦しみなんです。

それは、私が悪いだけならまだいいのですが

理不尽なことが沢山ありました。

しかも証拠が掴めません。

その理不尽な状況を紐解けても

想定されることは事実とみなされません。

なぜなら、その想定されることを証明するには

法的措置をとり調べるほかないからです。

ですから、頭の悪い私ですが

相当考えて、考えて、自分を窘めるために

それらを紐解くほかありませんでした。

なぜなら、証拠がないから証明もできないからです。

ある人は、3次障害になっていると

いわれることになるように思いますが

私の場合には、私の想定崩しを外すために

誘導するSSTのようなことをされたりして

コントロールされてきたことに気が付いたときに

ああ、今までこうやって

私は窘められてきていたんだなーっとおもい

狂ったように泣きました。

だからこそ、人との縁を切ったのです。

なぜなら、証拠もないのに

私の想定の範囲内だけで

人に危害を与えてはいけないと思ったからです。

それからは、理不尽だなぁと感じた時は

たとえ私がおかしくても伝えることにしました。

そして、気が付いたのです。

私が悪い時もあるけれど、

なんで私が怒ることになるのかというと

相手の人も悪いのに手落ちしている

自分のことはさておいて

すり替えられていることが

気持ち悪かったのだということが

私の怒りのボルテージをアゲアゲにしてしまう

起爆剤となっていたんだという

仕組みに気が付きました。

いやーーー、収穫ありでした。

大抵の人が自己都合で自分の悪い所は訂正したり

謝罪したりということせずに

誤魔化して終わっているんだなぁーと

それで、いいんだなぁ。

いいなぁ。忘れられる脳みそって…。

羨ましいです。

 

きょうはこのへんで

今日の空

今日朝から窓を開けたくらいで

空のご機嫌をうかがうこともせず

一日自宅でだらだらしていました。

気がついたら何も食べてなくて(笑)

明日は新月だし

このまま断食でもしようかと

思っているところです。

 

▼かたつむり

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体調が良いような悪いような…。

季節の変わり目ですから

通常運転ではありますが…。

昨日から寝てばかりいるので

頭が割れそうなくらい痛いので

今日も早めに寝ようと思ってます。

早朝に散歩したいのですが

さすがに息子をおいて

散歩にいくことはできないので

ジレンマではありますが

お留守番がさせられるくらいまで

成長してくれるといいなぁなんて

そんなことを思ったりします。

今日久しぶりに地震があって

揺れ始めた時に正直いって

大きいのがくるのかと思い

身構えたのですが大したことない揺れで

内心ほっとしました。

9月にはいったと思ったら

あっというまに1週間が過ぎてしまって

もう10日。。。

何度もいいますが、

本当に今年は時間が過ぎるのが早い。

なんなんでしょうね。不思議です。

 

あっそうそう、昨日、

宇土の雨乞い大太鼓を見学しました。

 

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バチをだしてくださって

太鼓を叩いても良いとのことで

遠慮せず全部の太鼓を叩いてみました(笑)

※全部で29基あったようです。マジか。

1つ1つ音が違うのですよーー!

雷の音みたいなのとか

渇いたような音がしたり

響き方も全部違っていました。

それに、すごく大きい太鼓ばかりですし。

太鼓の周りに木のコマみたいなもので

皮を固定してあるものの名前が

木星」と書いてあったので

「???」となりましたが

「もくせい」と読まず

「きぼし」と読むようでした。

こういう時、勉強できないことが

バレてしまいますね(苦笑)

今年はジュピターイヤーといわれているので

木星(もくせい)」に

反応したというのもありますが

太鼓は丸いし、その周りを

木星(きぼし)」でとめてるなんて

なんだか勝手に宇宙を想像しちゃいました。

雨乞い大太鼓だけに…。

 

雨乞い大太鼓の見学は

宇土市大太鼓収蔵館』でできます。

轟水源の近くです。

大人は100円でした。

 

きょうはこのへんで

 

 

今日の空

しばらくお天気崩れるとのこと

また台風も発生しているようです。

地球さんのご機嫌がなおる日は

いったいいつごろになるのでしょうか。。。

そろそろコスモスの季節。

基本、脳みそお花畑系なので

見学にいかなければ…。

 

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阪神淡路大震災が起きた時は

まだ私も20代前半だったこともあり

その頃はまだ他人事のように思っていました。

新潟・中越地震が起きた時にも

九州では火山が噴火してても

地震は起きないって思っていましたが

東日本大震災が起きたことで

地震が他人事ではなくなったように思います。

活動期にはいってるなら

当たり前なことなのですよね。

火山が爆発するのも地盤が乱れるのも。

以前、母が話していたことになりますが

カナダで火山が爆発をして

火砕流やマグマが民家に押し寄せてくるので

非難をしていた住民が

インタビューを受けている中で

 

「私たちが住んでいるこの土地は

 元々神様のものなんだからお返しするだけ…」

 

ということを聞いた母は

その考え方は凄いなぁと思ったと教えてくれました。

私も同じように感じました。

だって、今は誰かが所有しているものになって

価値がついているけれども

大昔は誰の物でもなかったんだよなぁ…

そんなことを思うと

様々なことが頭の中を駆け巡ります。

大昔の人たちは、現代のように

情報が多種多様ではなかっただろうから

先人たちの知恵を大切にしながら

生活に役立てていたのだろうと思うのです。

衣・食・住なにごとも。

それでも、本当は残さないといけなかった

大切なことは忘れられてしまって

後先考えず、一部の人たちだけが楽になるために

先人の知恵の都合の良いところだけを利用し

懐をあたためてきた結果が現代なんだろうなぁと

そんなことを思ったりします。

なぜ、田畑がその場所にあって

これまで、住宅地になってなかったのか

考えたことがありますか?

私は考えすぎるタイプの人間なので

そこまで考えてしまいます。

だからといって私にとって

それらはなんの意味もないことかもしれません。

でも、そういったことを考えてきたことで

私は他の人にはみえない世界が

視えるようになったのだと思います。

だから、特別な能力でもなんでもなく

どんな人でも到達できるのだろうと

そんなことを思っていますが

センスっていうのはあるのかも…(笑)

 

きょうはこのへんで