ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

他愛もないスピ話

つまらないかもしれませんが、たまにはスピ話も記事にしとこうと思います。毎度のことながら乱文失礼します。

 

強制終了する前に1カ月だけ勤めていた会社がある。その当時はその会社の人たちがスピリチュアル系の繋がりがあったことで、私は遠まわしなイジメにあっているのだろうと思ってから心身の状態が著しく悪くなった。要は精神的に追い込まれる形となり不安が倍増した。もうその時点で自ら降参して、入院治療を行えばよかったのだが、それでも私は拗れたまま働いた。その1ヵ月後に強制終了となったのだが、今思うと全員グルだったのね。。。と思うにいたっている(苦笑)ま、そんな恨み言をここに吐露したところで、あなたの妄想よ、病気だったからよ…といわれるだけなので、はい。そうですね。だったら他にやり方はあったのではないのですか? と問いたい気持ちがツラツラと永遠にでてくるので、今日のところはやめておこう。この件は私の妄想なのか、私の妄想が当たっているのかは、どちらともに証明できないことだし…。

で、強制終了するトリガーとなった会社を辞める時に『ジャンピングマウス』という本をいただいた。アメリカインディアンのスー族に伝わるお話で、他にもいろいろなお話があるようだ。この本のほかに『虹の戦士』という本も薦めてくださったのだが、この時にはもう、スピリチュアルから遠ざかろうと思っていた時だったので、頭の片隅にはあったのだが、もう自分には関係のないことだと思っていたので、また縁があれば何かしらお知らせがあるのだろうと思って保留事項となっていた。

私は自分自身の心身の治療のために、投薬治療以外に心理的アプローチは民間のセラピーをうけたり、自己啓発や心理カウンセラーの方たちのブログなどを読んだりすることで、ケアを行っていた。発達障害の自助会にも参加してみようとは思ったのだが、自分の価値観と似たような人がいない場合にはまた苦しみが増えることになると思い、結局は一度も参加することはなかった。そのかわり、民間のセラピーを受けたり、そのセラピーの資格を学んだことで自分自身と向き合うことが上手くなっていき、某方の言葉を借りると、玉ねぎの皮が剥けていくように、私の自己改革は進んだ。

2年前の夏、知人のお茶会でバシャールの話を始めて聞いた。バシャールのことはこの時まで全くといっていいほど知らず、書店でみかけてはいたが興味がなくて手にとって読んだことも購入したこともなかった。ザ・シークレットも同じく読んだことはないし、エイブラハムという方の本も買ったこともなければ読んだこともない。正直いって、スピリチュアル系の本で購入したことがあるのは、そんなにはない。もっぱらネットのブログをぐぐって読むほうが多かった。斉藤ひとりさんのことは知っていたのだが、あの赤いマークをみると、結界がはられているようなブロックを感じて、あえて読むことはしていなかった。ただ、その当時仲良くしていた人たちが『ひとりさん』の言葉はいいよーと薦めてくださったので、著書ではなくYoutubeで説法を聞いていたことはある。この時に耳からの情報を汲み取る力が弱い自分には、耳から聞いた必要な情報だけが頭に残ることになる便利な耳だということがわかった(笑)だから、『ひとりさん』の説法は寝ながら聞いていた。すると翌日、私にとって都合の良いお話だけが頭に残っていることに気がつくこととなったことから

「私の心身に負担になりそうなことは耳から勝手にこぼれてくれてたんだー!

 知らなかったよー!私の耳賢い。」

と、自画自賛したことがある。以前は、聞こえているのに聞いてなかったと落ち込むこともあったのだが、逆に耳からの情報が私の中に腑に落ちないことは、自分にとってまだ必要ないことだったり、私の負担を軽くするための自己防衛みたいなものだったのかもしれないと思ってから、他者の話がわからない時は、あまり気に留めず保留にすることに罪悪感を感じることもなくなったし、またそれで楽になった。そして、同時期に、よくお世話になっていた方から小林正観さんの著書やCDをお借りすることになった。斉藤ひとりさんのお話や小林正観さんのお話は、その当時までに私自身が実体験したことから得て自分なりに辿り着いていた心理のようなものと答え合わせをしているお話が多くて嬉しくて少し自信を持つことにもなった。

2年前の知人のバシャールのお茶会でバシャールからの緊急連絡のようなお話を聞いた時、強制終了した前後からこの日までに、私の身に起きていたことの確信を得たことと、些細なことだったけれど私は傷つき、この日を境にそれまでに知り合ったセラピー関係の人たちとは私の方から縁を切ることにした。なぜなら、その話を聞いたことで、私がそれまでに体験して得たことがほぼ繋がり、一瞬にして目から覚めた錯覚を覚えたからだった。スピリチュアルの話も深みにはまらずまた楽しめるようになってきた時だったので、縁を切るのは正直辛かった。2年にかけて学んでいたセラピーも更に深めたかったが1人で深めることにした。その数日後、発達支援コーチ初級の講座を受講したことで、私の中で更に様々なことが全て繋がり、ブログ冒頭にある『虹の戦士』のことを思い出すこととなった。ただ私は『虹の戦士』の話はよくわからなかったのだが、その当時Facebookのタイムラインに『虹の戦士』の動画が流れてきたのをみた時、そのお話が何をいわんとするのかということに気がつくこととなった。その時、降りてきた言葉が

 

『天と地が繋がる時

   天空の扉は自ずと開く』

 

という言葉が降りてきた。この言葉をもっと現実的に紐解いてみたのが下記になる。

 頭と身体が繋がれば、無理にハートチャクラを開こうとしなくても、自分勝手にハートチャクラが開き、本来の自分を思い出せる。それが『虹の戦士』のお話のいわんとすることなのではないか。そしてそれは、特別な人に覚醒するということとは違いただ〝本来の自分に還りなさい〟ということなのではないかと思うにいたった時に、この日までに経験した霊的体験も合わせて全てのことが、腑に落ちることとなり正直悲しくて仕方がなかった。気がついてしまったから、進むしかなくなって、後戻りする言い訳はできなくなってしまった…となんとも言えない日々を過ごすこととなった。そして、このこともあり、全世界のバシャールファンの人には悪いのですが、私の中では、バシャールという宇宙人はいない。みんな本来の自分を取り戻せば、どんな人もバシャールと言われる存在と繋がることができる。それは、自分であり神である。と思うことになったのです。何故かって、なんの修行もしてない一般の主婦がバシャールみたいな存在と交信できたのだから、多分みんな繋がれるはずだと思うにいたったという、個人的な他愛ないスピ話でした。

※あくまで個人的見解です。決してバシャール批判ではありません。

 

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