ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

今日の空

今年の冬は気温差が激しいですね。

体調管理が本当に難しいなと思います。

昨日は曇り空でしたら

本日は晴れてますが寒い。

昨日から新学期が始まった

学校も多いではないでしょうか?

冬休みに寝坊助だった息子も

なんとか早めに起きて

遅刻はしてますが学校へ登校しました。

今学期も体調管理に気をつけて

いろんなことにチャレンジできますように…

 

▼天主堂からの眺め

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まだ45年しか生きてはないけど

人生80年としても

もう半分をこえました。

30年前の今頃の私は

高校受験を控えた15歳でした

昭和天皇がご逝去され

昭和から平成へ変わった年。

あの当時の私は

早く大人になりたくてしかたがなく

未来に夢をみていました

大人になれば

きっと今の自分が感じている

憤りや戸惑っていることの意味が

きっとわかる日がくるだろうと

思っていました。

それからの30年のうちの

3分の2ほどは

自分というものをずっと探して

もがき続けていたのだと思います

でも、その最中は

自分がもがいていたなんて

想像もしていませんでした。

夢中な時の感覚というものは

なぜか感覚は鈍っているし

〝苦しさ〟が〝快〟に感じることも

無きにしも非ずだったように思います。

というか、そういうものを

〝美〟と結びつけていたようにも思います。

※どんだけドMなんだ。私。

 

あれから30年の時を越えて

当時の私が憤っていたり

戸惑っていたりしたことや

保留にしていたことも

全部自分なりに謎がとけ

人生の岐路にも何度もたったけれど

自分という人間をちゃんと自覚し

生きている感覚もとり戻せたのが去年

自分をとり戻せたと同時に

たくさんのものを手放したけど

私に残ったものは

少しの借金と息子でした。

それでも、息子が想定外の成長をしているので

それだけでも救われています。

それと同時に生活保護世帯になりました。

やっと福祉から解放されると思ったのに

結局鳥籠にいれられるのか…

そんな気持ちでいっぱいです。

生活保護になって

お金は楽になったからといっても

私の知的好奇心は

ほとんど奪われたようなものです。

息子だって、些細な余暇にしていたことも

全部我慢しなければいけません。

生憎私には友だちもいません。

アッシーくんやアッシーさんにするために

友達なんてつくるつもりもないです。

一般的に生活保護になっている人たちと

私は趣味趣向が結構違うと思われるので

ささやかな楽しみもささやかな贅沢も

全部しばらくお預けです。

早急にぬけだしたい。

できれば、少しの借金も破産することなく

全部返してしまいたい。本当は。

破産したなんて肩書きとか

正直言って欲しくないし

生活保護も受けたくないです。

まるで、私は一部の発達障害精神障害の人たちに

しらしめるための道具にされてるようにも思います。

なぜ、自己解決できる人が

病院を利用しなきゃならないのか

意味がわかりません。

だって、私は自分がおかしいと思ったから

ずっと病院へ通っていたのです。

そして、なぜ地元の病院へ通院しなきゃ

ならないのかも意味はわかるけど

治してくれないし信頼できないから

行かなくなっただけです。

ただ、私や息子に興味関心があるからって

そういった目的や自分たちが楽するために

地元の病院へ通院しなさいっていうのは

なんていうかオカシイと思います。

ああ、これは私の勝手な妄想なので

そうじゃないことを祈ります。

なんかイライラするから

相当ストレスたまってるなー

病気にするのが

支援者や病院の目的だったなんて…

知らなかった。

 

きょうはこのへんで。