ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

今日の空

雨上がりだからか

空気が澄んで涼しい朝です

ああ、もう9月だなんて信じられません。

後4カ月で2018年が終わってしまいます。

今年は本当に時間が過ぎるのが早い。

 

▼草むらの中で擬態化している
 バッタを発見したのでパチリ

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いろいろな話をブログに残そうと思ったら

ネタを思いついたその時に言語化しないと

どうも、忘れてしまいます。

何度も記事にしようと思ってたネタを

ふとしたことで思いついたので

今日はそのことを…。

3年程前に携わったイベントで

知り合うことになった60歳代のおじ様が

『覚悟』の話をしてくださいました。

(以後、Kさんとします)

私がKさんと知り合った時には

お仕事を辞め、独立なさってました。

Kさんはお仕事を辞め

独立をしようと思ったけれども

なかなか『覚悟』できなかったのだそうです。

で、ある日、その『覚悟』を決めるため

1枚の紙に大きな文字で『覚悟』と書き

その『覚悟』という言葉を飲み込みつつ

( 声をだしながらだったかしら…???)

腹に落とすということをやったんだよ。

と教えていただきました。

そうしたことでようやく肚に落ちて

『覚悟』が決まったのだそうです。

そういう風に意識的に身体の中にとりこみつつ

アファメーションをすることにもなるよなぁーと

そんなやり方も〝アリ〟だよね。

と思ったことがありました。

要するに、神社参拝などをする時

神様へ向かうことで宣言することと同じで

自分で自分に宣言することを

頭の中だけで行うのではなく

体言化するということを

教えていただいたように思いました。

私の場合、お金を払って講座などにいかなくても

大事な局面で大切なことを

気が付かせてくださる人との出会いが

今の私の血肉にもなっているように思います。

自分の親の導きとは違った年上の人たちや

老若男女問わず、この世の捉え方や

知恵を普通の生活の会話の中で

伝授してくださる人たちに恵まれてきました。

本当にありがたいことだなぁと思います。

もちろん、私自身が落ち込んでしまうような

そんな洗礼もあります。

ただ、人が気がつく時というのは

その人の根底が覆されるくらい

良い意味でも悪い意味でも

ぶっ刺されないと気がつけないんだよなぁと

私は思うのですね。

でも、大抵の人はその時の自分に

丁度いい言葉だけを残す生き物だと思うのです。

そういうその時だけ自分を癒してくれるのは

その場しのぎでもあるわけですから

コップのお水を飲めば減っていくように

それらを忘れていくように思うのです。

だからまた、その時の自分に丁度良いくらいの

快や不快の刺激を求め、満たされる…。

トゥビーコンティニュー…(繰り返し)

ってことになるんだろうなぁと

そんなことを思います。

〝ある〟って知ってるから

その時丁度いいくらいの刺激で終わらせる

そして、ある日、その当たり前に

〝ある〟と思っていたものがなくなった時

もう、その〝あった〟ものが無くなろうとする時

初めて気が付きますよね。

このままずっとなくなったらどうしよう…って。

そういう不安から自分を回避するために

人は〝知恵〟というものを

与えられた生き物のように思うのですが

やり方ばっかり知ってても

技術が伴っていないなら

本末転倒だよなぁ…。なんて

そんなことを思うにいたりました。

 

きょうはこのへんで