2017-03-12 履き違えた思い 詩 『いのち』を支えたり救ける事がそのものの『いのち』を奪うことになるのだと気がついた頃から『いのち』を救けようとしたり支えようと思わなくなったなぜなら、その『いのち』の終わりの日まで関わることや見届けることができなくなってしまった時結局苦しむのは残された『いのち』なのだと思い知ったから...履き違えた思いが私の『いのち』の意味を台無しにするだから、意味を探し行き場のない感情が彷徨ってしまうのかもしれない