ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

今日の空

今日は静かな雨が降っています。

肌にじんわりとしみていく優しい雨です。

朝起きて間もなく

部屋の空気の入れ替えをするのに

窓を開けましたら

すっかり秋になってました(苦笑)

通りで栗の実が落ちてるはずだわ。

 

▼最近の空

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共感能力が高すぎるからか

恐怖麻痺反射が敏感すぎるからか

摩訶不思議な出来事が起こってしまう

こんな体質をバカにする人たちが

この世の中にいらっしゃいますし

自分も一時期はそうだったかもしれません。

私は元々幼い頃から敏感な体質でした。

大人になるにつれて少々鈍感にはなりましたが

正直言って常に我慢している状態なだけで

決して無くなったわけではなく

それらがあっても大丈夫になっただけです。

はい。

身体アプローチを行うといっても

私の場合には、〇〇の体操を毎日〇分

行ってるわけではなく

日々の生活の中で、

身体に意識をむけるということを

数年前から心がけてきました。

昨年、野口整体の事を知り、

活元運動に参加しましたが

私は活元運動で習った動きを

毎日はやってません。

なんせ、無精者なので。

ただ、今やっていることは

朝起きて、身体を動かしたいと思ったら

その部分を動かすような運動を行うだけで

それらを身体アプローチといっていいかといえば

ある人たちからすれば、それは〝違う〟と

いわれてしまうかもしれませんよね。

すみません。なんせ、人と同じように

身体が動かせないものですから

自分なりに身体に向き合うほかなくて…。

それと、邪気の吐出なんかは、

私の場合、それらをしなくても

自然に吐出されることもわかったので

よほどの時だけ行っています。

それが、自分にとっては

身体アプローチだと思ってますし

教科書通りのやり方でやってないから

毎日継続できているのだろうと

そんな風に思います。

意識的に身体へのアプローチを行うことで

何かが変わっているなら

1年で変われるものなんだなぁと

そんなことを思ったし

やり方を教えてもらっても

それらの動きが頭に残らないってことは

自分の身体には必要のないのではないか?

そんなことを思っていました。

なぜだか活元運動はメモをとることがなくても

数回で覚えられました。

それくらいシンプルな動きでしたし

身体がLDな私にでもできる動きが多く

そのお陰なのか、苦手だった金魚体操が

なんか知らんうちに上手くなってて

今まで、なんだったの???と思うくらい

どうやら身体が変わってきたようです。

講座に何回参加しようが

個人セッションをうけようが

それらは、非日常の動きになるので

生活の中に組み込まなければ

日常の動きに反映されないよなぁと

私は思っていました。

それに、非日常で行っている動きより

日常で行う動きのほうが圧倒的に多く

それらでも無理をしてしまうことで

身体に負担がかかっているのだから、

それらをリセットするだけじゃなく

日常的に行う動きを意識してみることが

身体の使い方を変えていくことにも

なるのだろうと思って

デスクワークだろうが、家事の時だろうが

運動をしている時だろうが

意識をむけてみるということを

意識的に心がけてきました。

なので、人様からみれば

私は特段何もできていないように

見えると思いますが、

私の内側では様々なアプローチが行われていて

日々人体実験を行っているようなものなのです。

講座にずっとでてるからとか

著書をよんでるからとか

なんか偉い人や凄い人と友達だからとか

そういう自意識高い系の努力型な人たちな

方法論原理主義大脳新皮質系のアプローチと

なんら変わりないのではないかと

そんなことを思っているところです。

身体アプローチに限らず

自分自身にとって興味関心があり

それらが楽しいのであれば

努力することが苦痛には感じないはずだと

私は思っていますので

今現在、努力していることが負担になってるなら

それは、多分本当は好きじゃないのかもしれないし

自分のために行っていない努力でもあると思うのです

私が行ってきた努力は、ただただ楽になるためです。

で、その努力は苦しくはないことのほうが

多かったなぁーと思うのですね。

全く苦しくもなかったし…。

でも、唯一死ぬかと思うくらいの

苦しい努力はしました。

それは、愛着のヌケを治し

本来の自分自身をとり戻すためです。

で、成功しちゃったのですが

価値観変わりすぎちゃったので

自分でもイチイチビックリしてしまう

今日この頃です。

 

きょうはこのへんで