ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

残酷な支援者のテーゼ

ざーーんーこーくなー…♫

残酷な天使のテーゼ』の題名を

パクリました。すみません。

残酷な天使のテーゼ』は

カラオケ大好きな私のオハコです。

以前は必ず歌っていたのですが

どうやらお腹いっぱいになっているようで

現在はなぜだかドリカムドリカム

MISHAドリカムユーミン

といった風なことになっています。。。

そんなことはさておきまして…。

 

なぜ今回はこの題名にしたのかというと

支援者は時に残酷な支援を課すことが

多くみられるなーと思います。

それは、私や息子だけでなく

支援を必要とする人たちの人格を無視し

自分たちがコントロールしやすいような

人間形成を行っていることに

気が付けていない人が

多いということでもあります。

自分たちの行っている行為が

コントロールや洗脳のようなものだと

気がついてないのであれば

おそらくその支援者自身も

無意識にコントロールされている自分自身に

気がついていないからなのかもしれません。

世の中にはどこかに所属するとなれば

その所属先のルールやマナーは必ずあります。

ルールやマナーがあるから

共有の場所でたくさんの人が

気持ちよく過ごしたり

活動できるのだと思います。

ただ、その共有の場所にそぐわない人がいて

ルールやマナーを守れないのであれば

出入り禁止になるのは

あたりまえのことだと思います。

それでもその場に行きたいのであれば

それらを守りながら自分なりの過ごし方を

工夫するしかほかないと思います。

ただ、発達障害界隈で行われる

支援者が行なっているだろう最悪な支援は

自分たちに矛先が向かないような

生ぬるい注意をしてしまうことが

一番最悪な事態を招くことに

なっていると思います。

本当のことを伝えればいいのに

回りくどい言い回しで注意をしたりするから

何がどう悪いのかが伝わらなかったり

人によって曖昧な対応を行ったりして

一貫した対応ができてないことが

大きい気がします。

人の立場にによって変わる

曖昧なルールや言い回しをするから

ルールやマナーがあっても

なかなかそれらを守れない人の場合には

ルールやマナーはわかっていても

それらを曖昧にしているのは

実は支援や保護者だったりもしていると

私は思っているのですがいかがでしょうか?

だから、あの人やあの時は良かったのに

なんで、今はだめなのか

なんで、自分はだめなのか

そして、その理由を

嗜める言い方で説明するから

さらにわかりづらくなって

他者をズルいと思ったり

他の人が特別扱いされているように感じ

暴れることになってしまうのだと思います。

本当のことを伝える勇気と

言語体力がない人たちが

受け取り方がユニークな人たちへ

共感し、言い聞かせることが

現場でできてないということだと思う

今日この頃です