ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

体験を通しても感じ方は違う

毎年恒例の24時間テレビはいつの間にかみなくなっていましたが今年の夏は、久しぶりに時々チャンネルを変えて観ていました。わざとらしい演出などが嫌だなと思うことや我が家は常に24時間実況生中継生活なので(苦笑)我が家のことで精一杯でしたから、余裕もなかったというのもあります。それに、アラフォー過ぎると我が家以外にも親戚や友人知人の突然の死や癌、障害の発覚したことがあるので、あえて啓発番組をみなくても病や障害と共存している人たちの事は知っていたのであえて観る必要もなかったというのもあります。

クリスマスが近づくと思いだすのは、私の5つ下くらいの従妹に小学校の血液検査で再生不良性貧血が発覚し、幼い頃から入退院を繰り返ししていた子がいました。数年たった時にドナーがみつかったのですが、その時ドナーの方の都合が悪く提供できないということで、それから数年待機しその後骨髄移植を受け手術は成功しましたが、私の息子が産まれる二か月前に20代の若さでこの世を去りました。その時、私は出産時の臍の緒から移植することで白血病の人たちへの骨髄移植ができることを知ってはいましたが、正式な手続きをふまえての提供の仕方などわからなかったので、何もしなかった自分を悔やみました。
父方の伯父で体調がすぐれずいろいろ検査をしやっとパーキンソン氏病がわかった伯父もいました。釣りが好きな伯父だったので、伯母の実家になる我が家に身体が動くうちは帰省して釣りを楽しんでいました。年々会うたびに声がだしずらくなったり、身体が動かしづらくなったりしている様子は見ていて悲しいキモチでいっぱいになりました。おしゃべりしたくても声にだせないのは不憫でなりませんでした。伯父が亡くなった数年後伯母にも癌が発覚しその後亡くなりました。
社会人になってできた友だちで、結婚後まもなく赤ちゃんができ予定日の数週間前にご主人を交通事故で亡くした子もいました。その子としばらく文通したり時々二人で会うこともありました。その子との話をした中で一番忘れられないのことは「私はSがいう我儘は全部答えてあげてたから、後悔してることはない。ただ、植物状態でもいいから生きてて欲しかった」と言っているのを聞いて、私はかける言葉もみつかりませんでした。
母方の祖父も伯父も癌で亡くなりました。中学からの親友だった子のお母さんがすい臓がんの末期で半年の余命宣告を受けて、母娘の闘病生活を見守っていました。半年の余命宣告を受けていたけれども抗がん剤の治療などのおかげもあり、半年といわれたけれども約3年は生きながらえる事ができたのです。その時その時の身体の状態に合わせた生活を行い、動ける時にしておいたほうが良い終活を自分でしていらしゃいました。友だちのお母さんとも癌のことやいろんなことを話したような気がします。それを支えていた彼女も自分自身のことでの悩みを抱えながら母親との生活を楽しんでいました。だから彼女もいいました。突然ではなかったから数年でもお母さんと過ごせたことが良かったと思う。自分でもできるだけのことはやったから、悲しいのは悲しいけど悔いはないと。亡くなった数年後にエンディングノートをみせてもらいましたが、おばさんらしくて笑ってしまいました。配偶者になるおじさんにあてた言葉が、本当に笑っちゃうくらいでしたが、心残りがあるのだろうなと思う寂しさが伝わってくるようでした。
他にも、同級生で交通事故で亡くなった子もいるし、半身不随になった人もいます。高校の頃は隣のクラスの担任で美術部の顧問だった先生が自殺で亡くなったこともありました。親戚の叔父ちゃんが風邪をこじらせて脳障害になった人もいました。私の父も突発性多発性関節炎で半年は寝たきりの生活をしていたこともあります。私自身もうつ病で自宅療養をしましたし。

人はその立場にたってようやく自分の気持ちに気がつきます。人の体験を見聞きして知っていても、その立場にたって初めて自分はどう感じるのかがわかります。人と同じ体験を通しても全く同じ気持ちになるかといったらそうではないと思います。その体験を通して感じた時の自分の気持ちを閉じ込めず、誤魔化さずに、自分がどのように感じているのかを感じ切ることはとても大切なことだなーと最近つくづく思います。私は自分で自分の感情を受け止めることができず誤魔化してきたことが多かったから、体験したその瞬間にあるがままに感じたことを私なりに昇華すればよかったけれどもできなかったことが自分の身を滅ぼすことになったのだと思います。

自分自身だけではなく、体験を通した人の話というのは、大げさに言葉にしなくても伝わってくるものがあるなぁーと私は感じています。今年久しぶりにみた24時間テレビで、私自身の意識が少し変化したことを感じることができました。ただ拗ねていただけだったのかもなんて思ったら、可笑しくなって自分で自分を笑ってしまったのでした。みんなと同じように感じることができたり、表現することができなくても、今、自分の中にあるぼんやりとしたものがいつの間にか月日と共に育まれて、それは言葉かもしれないし、何かの作品かもしれないし、それらが誰かの役にたつことではなくても、自分の内側からその生まれたものが、いつの日か自分だけのギフトとなって外側の世界に溢れだすのかもしれません。

 

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