ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

旧ブログ2016-07-12

☆2016年6月6日から2016年11月28日まで旧ブログ「これまでイマココこれから」より

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2016-07-12 12:40:35 | 私のこと

 

のっとられ現象⑤最終回

私ののっとられ人生がはじまって

途中なくなって、再発して…今まで約25年ぐらいが経った

入院前に一度なくなっていたものが

入院がきっかけで再度のっとられるようになった。

今年の冬の終わり、自分でもビックリするくらい悪魔へと変身した。

悪魔というより魔王降臨( ̄▽ ̄)…自分からツノが生えた気がした。

般若の顔になってる感覚だった。

顔中の筋肉が宇宙に持ってかれて引きつってる感覚。

怒りの原因なんて本当にどーでもいいことで

切れそうできれなかった一本の糸がプチっと音をたてキレる瞬間

怒りのマグマが一気に吹き上がった。

怒りで身体が震え、自分が何を言ってるのかさえ訳がわからない

そして、本来の原因でもない相方が最終的な被害者となる

ツノが生え般若顔の私に怒鳴られる

任侠顔のオッさんが目の前でスゴく驚いてる

「どうしたの? 落ち着いて。」

珍しく、オロオロしている。

この後、自宅に1人で誰もいず

1人で感情処理をしなくてはならなくて

結局自分を止めたのは大量の薬だった。

死のうと思ったわけではなく、自分を止めるための最終手段。

そして、目が覚めたのは2日後。

とりあえず私は我に返り、相方に平謝りし、話をした。

冷静になれば、自分が何に怒っていたのかもみえてくる

きっかけなんて何でもよくて

本当はずっと前から根に持ってたことを

相手に伝える言葉がみつからないまま

モヤモヤした気持ちのまま

やり過ごしていたことがあって

そのモヤモヤしている言葉がみつかるというより

なんじゃない些細なことで相手が理解してくれたという感覚になり

呪いの呪文が解けたように数年分の「怒り」の根っこに辿りついた

私の場合は、自分にとって何か問題が起きた時に

相手がスルーせずちゃんと向き合ってくれなかったことが

自分を大切にされてないと感じていたようだ。

寂しかったんだ。

ちゃんと本当のこと言ってくれないから。

相手がどんな反応をしようが別に何でもいい。

でも、感じやすい私はその場しのぎのことばで対応されたり

面倒くさいと思う対応をされると

相手の反応に違和感を感じ

「嘘」をつかれているように感じてしまう。

私の怒りに油を注がないような労わりのことばや嘘の謝罪は

逆に私の怒りに火をつけるのに

みんな火をつけるのがなかなか上手い( ̄▽ ̄)

怒りについてはまだ解決していない課題なのでとりあえず

また別の時に記事にしようと思う。

果てさて、魔王降臨は相方にとってご先祖様が降臨されたのかと思って

相方は仕事中、最近の自分を振り返って反省したと言ってくれた。

自分もきちんと向き合うべき時に向き合ってこなかったと…。

相手の反応の思い込みがあって自分の言いたいことも

どうせダメ出しされるだろうと思って

きちんとコミュニケーションをとってこなかったと…。

それを相手が言ってくれた時に

やっと私の気持ちが伝わったように思った。

私の豹変ぶりは別人格というよりご先祖様に怒られた気分と言っていた。

魔王が降臨したのはおそらく人生初だったかもしれない。

もしかしたら、私の怒りの容積を自分で知るためだったのかもしれない

「怒りの解放」が起きたことから

私はようやく私の中の黒い自分を認めるしかなく

その後、もう一度のっとられたが、魔王降臨はなく

その時は最後の最後に獣が出ていった(´・_・`)

それからは身体の痙攣も人が入れ替わりそうな頭痛も起きないので

そろそろ私の感情処理を私自身が分配せずに

処理できるようになりはじめているのかもしれない。


昨日の夜、私がのっとられてる時のことを相方にたずねてみた。

一応、全くの別人らしい。

その出現率が、

1位 子ども
2位 オッさん
3位 どっかの知らない幽霊らしき亡くなった女性
4位 獣
5位 お告げする人

らしく、相方曰く「なぜ、オッさん?」なんだろうと不思議がっていた。

私も「なぜだろうね」と談笑した。

酷い時は毎日だったよねーとも話してくれた。

でも相方はカサンドラ症候群ではない 笑

とりあえず、こんな私を面白がってくれる唯一の人。

本当に感謝しかない。


これから、もしかしたらまた人が入れ替わることもあるかもしれない。

でも、多分、自分の感情がやっと統合され始めたと感じているので

その統合に向けて私は私の身体(器)のバランスを整えていくだけだ。

身体を思いやることが自分を大切にする近道だと気がつけたから

私は私を身体ベースで大切にしていこうと思っている

だから、やっぱり、「おわりのはじまり」なんだろうな。