ワタシの暮らしの忘備録

空と海の間で暮らした、私のこれまでイマココこれから

旧ブログ2016-06-21

☆2016年6月6日から2016年11月28日まで旧ブログ「これまでイマココこれから」より

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2016-06-21 07:40:54 | ひとりごと

 

私の原点回帰

昔、九州のテレビ局のドキュメンタリー番組で

人格障害を克服された藤家寛子さんの特集があった。

「他の誰かになりたかった」が発売された時期と同じくらいだったと思う

骨ばんだ顔色の悪い、細身の杖をついた女性が、

陽炎ののぼる坂道を、ふらふらと歩いているシーンは忘れられず

私の脳みそに今でも焼きついている。

当時の彼女はまだ「二次障害のデパート」と言われていた

一旦自分という人のカタチを取り戻した後に

待ち受けていたのが一次障害の「アスペルガー症候群」。

育ちの中で育まれてしまった誤学習を1つ1つ正しされながら

または正していきながら真摯に自分と向き合い

失敗してもまた違う方法で

自分を立て直していくという姿を著書などで知るたびに

同じ人類として尊敬の念を抱いたし

自分も素直に『治りたい』と思った。

自分に起きてるさまざまな現象や心の難癖は

「治せるもの」というカテゴリーに入った

治せるものなら治したい。

治った人が1人でもいたことが私には嬉しかった。

治った人がいるという事実が私の未来を照らしてくれた。

初版がでてから12年の時が過ぎ

今、彼女は1人の社会の一員として働いている

4月の熊本地震の時は、

身内よりもSNSで知り合った人たちから物資をいただいた。

親戚の家に避難をしていたので

その物資の荷物の荷札の名前をみて目を丸くし

「ええええー藤家さんから‼︎
 こんなことができるくらい元気になったんだね! スゴイね!」

といった。とても感動し、一緒に荷物の整理をしながら

姉と当時の藤家さんの話で盛り上がり

「治ってよかったね。元気に働いているんだね。
 スゴイね!でも自閉っ子だね!」

と荷物を整理しながら藤家さんのもつ女性らしさが

溢れる物資に心があたたかくなった。

6月の愛着障害のセミナーで横浜に行った時

会場近くのファミレスで偶然藤家さんに会った

12年前のげっそりとくぼんだ顔や

洋服のうえからでもわかる骨ばんだ身体

食べる事に興味はなく食べられるものも少なくなかった藤家さん。

横浜のあのなだらかなコンクリートの坂道に陽炎がのぼる中

杖をついてふらふらと歩いていたあの女性が

私の目の前でパンケーキを切って食べている。

顔もふっくらお肉がついて女性らしいスタイルで肌艶もよく

食べる事もままならなかった人が

美味しそうに一口一口パンケーキを頬張り

幸せそうに食べている姿をみれたその日は私のお宝映像になり

この日は私にとって「おわりのはじまり」の記念日になった